pay a tribute to the leisured people


by molcelsig
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

悩み事

最近わからないことが多い。
判断に悩む…苦しむ。
この道を進むべきか、退くべきか。

多分、どちらを選んだとしても、私自身が大きく変容するわけではない。
外部環境が変わるに過ぎない。

いや、だからこそ悩むのだ。
どちらを選んだとしても、然程変わらないし、それぞれのベネフィットがあり、リスクがある。

どうしよう…

圧力鍋とスキャナ、どっち買おう。

土俵が違いすぎて選べん!!

…よし、こういうときこそ最近勉強中の「戦略思考/プロジェクト・マネジメント」である。

まず、ビジョンを設定しよう。
ビジョンとは「成功のイメージ/あるべき姿」だ。
よし、ここは「日々楽しい自分」としておこう。

次に、日々楽しい自分をブレイクダウンしよう。
ここは、「生活」「趣味」「ビジネス」とに分けよう。
この3つのバランスが取れてこそ、日々楽しくなるわけだ。
そして限られたリソースを用いて最大化させる。

…ううう〜〜ん。
めんどくさくなってきた。

スキャナの使用は、写真を撮る頻度に依存するから、最近の状況を考えるとそれほど多用しない。そして、デジタル製品は時間依存的に値下がる。

一方の圧力鍋は、自炊が基本の私には使用頻度は高い。そして、ほとんど値下がるということがない。それから、短時間で作れるため、リソースの節約に繋がる。

おおっ!

圧力鍋で、小金を貯めて、スキャナを買おう。

決まりだな。
[PR]
# by molcelsig | 2008-06-30 00:14 | 考え事

大道小異

森山大道

日本を代表する写真家の一人だ。
「アレ・ブレ・ボケ」と形容されるハイコントラスト、かつ粒子の粗い荒々しい写真で、これまでの写真の概念に一石を投じたと言われている。

カメラがブレ…、ピントがボケ…。
それらは私も得意とするところだ。
じっくり腰を据えて写真を撮る訳ではなく、惹かれるものにレンズを向け、シャッターを切る。

森山氏の撮影風景を見ると、路上を歩き、ここそこでシャッターを切っている。
何やら似たようなものを感じる。

しかし、私の写真には哲学も、追い求める何かもない。
ただ、人やモノが写っているに過ぎない。

氏の写真には、そうだな、「存在」を感じるのだ。
単に躍動感があるとか息づいているとか、そう言った表現は適切ではない。

人が人としての、モノがモノとしての存在。

分かり難いな。
リアル…そう、リアリティだ。

氏の写真は、その対象が実像であれ虚構であれ、すべてがリアルだ。
なぜ、そう感じるのだろう。
それは、多分彼を通してみたものすべてが「等価・等質」だからなのかも知れない。

虚も…実も…すべてが等価であり、すべてがリアルになる。
なんと言う才能なのだろうか。

羨ましくもあり、恐ろしくもある。



そんなことを感じた、森山大道展だった。
[PR]
# by molcelsig | 2008-06-22 01:06 | 写真の話

深度

ピンぼけ、被写体ブレ…。

結婚式のような、ライティングを控えめ、かつストロボを焚かないマニュアルフォーカス撮影は、ピント合わせが非常にシビアになる。
もっとも、今現在広く出回っているカメラは、その多くがオートフォーカスであり、ピント合わせに苦労するケースはほとんどないのかも知れないが…。

被写界深度が浅い。

これが原因だ。

被写界深度とは、ピントがあっているように見える領域のことである。
被写界深度が浅いとは、あっている領域が小さく、深いと言えば合っている領域が広いということになっている。

これは、撮影技法で頻繁に使われるもので、何か特定の人物なり、物体なりをフォーカスした場合は、被写界深度の浅くし、背景なり前部に写り込むものをぼかして撮影する。
一方で、風景写真などのようなものは、被写界深度を深くし、写り込むものすべてにピントがあっている状態にして撮る。

撮影者の意図を表すには、基本の技法なのだ。

この被写界深度というものは、焦点距離と絞りと許容錯乱円の大きさに依存している。

まぁ、分かり難い。

簡単に列挙すると、

広角レンズ…、これは焦点距離が短く、被写界深度が深い。
望遠レンズ…、これは焦点距離が長く、被写界深度が浅い。

開放…、被写界深度が深くなる。
絞る…、被写界深度が浅くなる。

許容錯乱円は、フィルムサイズに比例して大きくなり、大きくなるほどに被写界深度は浅くなる。

なるわけだ。

つまり、例を挙げると…

ポートレートなど、被写体にフォーカスさせたい場合。

望遠レンズで、絞りは開放させて、フィルムサイズの大きなカメラ、例えば中判カメラを使えば、きっとボケ味の生きたクールな写真が撮れる。

ここで、聡明なあなたは気付いたかも知れない。
今、ちまたで出回っているコンデジは被写体深度の浅い写真は苦手なのでは?…と。

そう、その通りだ。

コンデジの画像素子、CCDもしくはCMOSセンサーなのだが、まぁ小さい。
小さいと言うことは、許容錯乱円が小さくなるのだから、被写界深度は深くなる。
つまり、ボケ味を活かした撮影には不向きなのだ。

そして、さらに聡明なあなたは気付いたかも知れない。

なぜ、結婚式でストロボなしでの撮影はピンぼけ・被写体ブレが多いのか…と。

単に腕がヘボいだけではない。

ライティングが抑えられるということは、つまり光量が少ない。

ということはだ、ある程度、高感度フィルムを用いなければ、適切な露出を得るためには、シャッタースピードを遅くするか、絞りを開放させるか、なのだ。

シャッタースピードを遅くすれば、被写体ブレは必然と多くなるし、手ぶれの影響も受けやすい。

かといって、絞りを開放させると、被写界深度が浅くなり、ピント合わせが難しくなる。

それに、望遠レンズを使おうものなら、被写界深度は浅くなるし、そもそも手ぶれを防ぐためにシャッタースピードを上げなくてはならず、絞りは開放、さらに被写界深度は浅くなる…というアサクナールスパイラルが発生するのだ。

だからね、先週末の結婚式で撮った写真がピントが合わせきれていないものが多いのは、確かに私の腕の問題がほとんど占めているとは言えだ、そんなカメラ事情もあるのだよ、ということを分かって頂きたい。

え〜、そう言い訳しておこう。
[PR]
# by molcelsig | 2008-05-27 00:15 | 写真の話

複雑な心境

私が4年と半年を掛けて挑んでいた、あるタンパク質の結晶構造が、他のグループによって解かれた…。

テーマを変更して9ヶ月が経ち、会社に入って2ヶ月が経とうとしているため、大きなショックを受けたわけではないのだが、正直複雑な心境である。

しかし、だからと言って、今…なにを思ったところで、過去の事実が変わるわけではない。

私が断念したことも…他の誰かかがそれを成し遂げたことも…。

それは…分かっている。

ただ少し…少しだけ胸が苦しくなる。

少しだけ息が詰まる。

少しだけ胃に痛みを感じる。

ただ少し…ただ少しだけ…

悔しいな、やはり。
[PR]
# by molcelsig | 2008-05-17 00:22 | 今日の出来事

連休最終日

GWが終わる。

日付的には今日が最終日だ。
今年から会社勤めになり、29日から8連休ということになっているが、内7日はラボにいる。
もちろん、今この瞬間もラボにいる。
家にはテレビもネットもない。
USENが唯一の外部情報取得手段となっている。

多分音楽がなければ死んでいた。

no music no life

である。

さて。
毎日がラボとは言っても、ずっと実験している訳ではない。
実家には1度帰ったし、友人の演奏会に行ったし、部屋の模様替えをした。
まぁ、ベッドと本棚しかない部屋で模様替えとは、たかが知れているわけではあるのだが…。

それから、友人の結婚式のアルバムを作成し、そして、もちろんちょいちょい遊び、たっぷり勉強もした。

今は仕事に必要な法律と、製薬業界全体の勉強、それから何となく「薬物動態」を学びだした。

薬物動態とは、薬が如何にして吸収され、全身に分布し、代謝され、排泄されるのか、というのを学問的に取り扱ったものだ。

実務に必要か不必要か、それを取捨選択するだけの経験も知識もないため、気になったものは片っ端から見てみようという好奇心のみで始めたものであるが、これが…面白いのだが、かなり複雑なのだ。

薬物動態を理解するためには、薬物速度論を学ぶ必要があり、久し振りに出会った微分方程式にすっかり食傷気味である。

いやぁ、高校生レベルの数学力で概ね理解出来るとは書かれているが、「ラプラス変換」…少なくとも僕は、君には出会ってないぞ。
[PR]
# by molcelsig | 2008-05-06 01:38 | 今日の出来事

エンゲージ・ブルー

現在、私の周囲は、俄に結婚ラッシュである。
いわゆる「適齢期」というやつらしい。

4月から7月まで、実に5組が式を挙げる。
何の因果か、喜ばしいことに、うち4組は披露宴からの出席を予定している。
残る1組も呼べないことはない、とのことらしい。

毎月の出費を考えると…そりゃエンゲージブルーにもなる。

という誤法による話ではなく、というか慶んでカネを包んでいる訳であるから、ブルーになりようがないではないか。

さて。
エンゲージブルーの話。

何人かの話を聞くにつれ、どうやら女性にこれになる傾向が多いようだ。少なくとも、知り合いの男子で、この徴候が見られた人はいない。

そして…先日、エンゲージブルーに陥りかけた人の話を聞きに行ってきた。
大体に於いて、この手の話は愚痴が惚気に大別される。

彼女が酒を片手に蕩々と語り出したことと言えば、後者、つまり惚気話であった。

プライバシーの観点からも詳細は省くが、要点だけ言えば、未来の旦那は彼女との結婚に浮かれ過ぎてヘタこいた(名誉のために言うが、浮気ではない)、らしいのだ。

一見、愚痴っぽく聞こえるのだが、原因が惚気を多分に含んでいる。

彼女は、ヘタこいたことに対して酷く傷ついたようだが、「結婚に浮かれるぐらい愛されているのだろう?」と問えば、まんざらでもない顔をする。

ん〜、これだから女ってやつは…。

その後…元来酒の飲めない私は、いつものようにジンジャーエールを啜りながら、いや呷りながら、彼が彼女をどれほど愛しているのか(因みに会ったことはない…)、どれほど誠実なのか(何度も言うが会ったことはない…)、を想像の許す限り語り、すっかり満足気な彼女を駅まで送っていった。

以来、連絡はなし。
多分、上手く事が運んでいるのだろう。

彼女は、きっと自分の判断が正しいのか、例え正しかったのだとしても、それをプロモートする何かが欲しかっただけなのかも知れない。

私は思うのだけれど、今の選択が相対的な意味で正しいのかどうかなんて、多分誰にも分からない。
私達に出来ることと言えば、選択したその先で、より良く生きていけるように努力するだけだ。
自分の選択したことが正しかったことを証明するために、過去の自分に胸を張れる様に。

そうすれば、きっと終わりを迎えたとき、こう思えるだろう。

「悪くない人生だった」

って。
[PR]
# by molcelsig | 2008-05-05 23:43 | 今日の出来事

描いた未来

「もう、家に帰ろう」

写真家・藤代冥砂が、彼の妻でモデルでもある田辺あゆみを3年に渡り撮り続けた写真集である。

この写真集との出会いは、ある写真雑誌のポートレイト特集での1枚の写真。

柔らかい光の中…
風で翻るベール…
その奥で、微笑む花嫁

藤代氏は、首からライカM3をぶら下げて式に臨んでいたそうだ。

神父に何度も「本当にそれでいいの?」と尋ねられたらしい。

一生に一度のこと。
だから、一番近くで撮りたかった。

素晴らしくシンプルで、素晴らしく温かくて、素晴らしく彼らしい答え。

彼は言う。

『写真に写っている彼女は、過去の人だ。
見る度に、あの時には戻れないと思う。
だからこそ、今この瞬間を大切に生きよう、精一杯に愛そうと強く思うのだ。』

かつて…

私にも、撮り続けたいと思った人がいた。
しかし残念ながら、その人は私のもとを去り、ファインダーの中からもまた消えてしまった。
彼女のいない、物足りなさだけが残る風景を撮り続けることは、糸の切れた凧のようなもので、一時の風に乗り飛ぶことは出来たとしても、いつかは地面へと落ちる。

写真を撮ることは、私にとって「対話」であったのかも知れない。
撮影者と被写体の間で紡がれる無言の対話。
多分、体を重ねることよりも、ずっと大切なことだった。
私は写真を撮ることで、彼女との繋がりを求めていた。

「大切なものは、失ってから初めて気付く」
誰かは言うだろう。
でも、そんなことは…、本当に大切なものは失う前から分かっている。
何かを持てば、いつかその何かは失われる。
失わないためには、初めから所有しなければいい。
だから…、大切なものを失いたくないから、誰かに依存することなく生きていくことを望んだ。

でも、それは、「今」を生きていくことを放棄しただけなのかも知れない。

未来に絶望を思い描き、それを避けるように生きることが間違っているのか、それは分からない。
しかし有り体に言えば、私自身そんな逃避のような生き方を望んでいる訳ではない。

必要なのは、「今この瞬間」を大切に生きること。
そして、その結果迎えるだろう未来が、たとえどのようなものであったとしても、真摯に受け止めることだ。

さて。
そろそろ内省の時間を終えよう。

「帰る場所」を誰かの中に見出すことは、今はとても曖昧模糊としていて、それこそ茫洋たる平原を歩くようなものかも知れない。

でも、まずは一歩目を。
出来ることなら、力強く、颯爽と。
[PR]
# by molcelsig | 2008-03-30 23:49 | 今日の出来事

泣かなくていい

その時、彼女は泣いていた。

湿っぽくなるのは独りのときで充分だと思っている。
だから、最後の言葉は簡潔で、少しだけ自虐的だった。
みんな笑っていた。
僕も笑った。

でも、彼女は泣いていた。

一緒に卒業しよう。
そう、言ったこともある。
しかしながら、多くの約束がそうであるように、この約束もまた叶うことはなかった。

約束を守れなかった。

僕は、彼女を残してここを去る。

別れ際、僕は言った。

「心配しなくていい、泣かなくていい、すぐに戻ってくるから。」

彼女は言った。

「それは、それで…ねぇ。」

う〜ん…ツンデレ…。
[PR]
# by molcelsig | 2008-03-29 03:34 | 今日の出来事

時間がない

入社日までいよいよ1週間を切った。

それまでに、データ整理と、プラスミド整理、デスクの片づけと、ロッカーの片づけ、やり残しの実験、これからやる実験の仕込み…で、兎に角忙しい。

プラスミド整理が取り分け難敵であり、5年もいれば作製したプラスミドの数など計り知れず、ノート半分を終えたあたりで200を超えている。
これにひとつひとつ、どんな制限酵素サイトを使っているのか、組み込んだ時に用いたプライマー情報や、変異を入れていればその説明、ベクターの特徴などを書いていくため、非常に時間が掛かる。

まぁ、作製すると同時に整理しておけば良かったのだが…
日頃の怠慢のシワ寄せが最後に来てしまった…というわけである。

そして明日は、私の送別会と。
一応、4月以降もラボに出入りする予定ではあるが、「ケジメ」ということらしい。
仕事が中途半端なため、ケジメを付けられていないのが心苦しくもあるのだが…。

ん〜…もう文章がぐだぐだだ…。

おしりも痛いし。

もう、家に帰ろう。
[PR]
# by molcelsig | 2008-03-28 00:13 | 今日の出来事

本日もパスタ

このタイトルを見て、『シェフ』とか『アラスカ』とか『フランベ』とか『オーロラソース』とか『炎の料理人』とか『ドーム型』とか『食感はモチに近い』とか…、そういったフレーズが出てくるようなら、あなたは立派なバカである。

是非、友人になって下さい。

さて。
本日もパスタなわけだ。

最近は、休日の昼、時間が無いの時の夕飯は大体パスタだ。
何と言っても時間が掛からない。
オイルベースならば、ほとんどパスタを茹でる時間だけであるから、湯を沸かし始めてから15分ぐらいで出来上がる。
それに、サラダなどの付け合わせを合間に作ったとしてもプラス数分ぐらいなもので、至極簡単簡潔スピーディ(どっかで似たようなフレーズがあったような…)なのだ。

早くも手抜きか…、とお思いかも知れないが、「エコロジカルはエコノミカルである」という持論を展開する私にとっては(まぁ、カネが無いというのが本音だが…)、手抜きも悪くない。

しかし、気が付けば23時…。

昼は既に豚肉とキャベツのパスタ(オイルベース)を食べてしまっているため、出来れば夕飯は冷凍期間が1ヶ月を超えてしまったブリをなんとかしたい…。
いや、でもまだ帰れないし…。

む〜、ということで、本日はカルボナーラだ。
卵買って帰ろう。
[PR]
# by molcelsig | 2008-03-20 23:12 | 今日の出来事